銀盤にて逢いましょう
    “コーカサス・レースが始まった?”
 


     5



曾ての生における自分の記憶が戻った者らは、最初から共に居たわけではなく。
大半は…思い出した者が、姿ごとそっくり同じな曾ての知己との邂逅に懐かしさを感じ、
ついつい近しい位置に足を運ぶようになり。
そういう存在が寄ったためか 記憶がくすぐられて寄られた側も後から思い出すという順で、
同じような記憶持ちの“転生者”が目覚めては増えてゆき、
結果、いつぞやの土地と時代とという、共通する空間次元の記憶を持つ者らが
引き寄せられるように一つ処に集まってしまったという結果となったまでのこと。
なので、当然というか そこまではさすがに備えようがないものか、
あの頃にそれぞれが身に着けていた特殊な能力、人知を超えた“異能”までは復活しておらず。
物理的な膂力であったり、触れたものへと影響を与える力であったり、
はたまた 対する相手やその異能へと影響を齎すなどなど、
途轍もない力をまとう者らが、他者にはない様々な能力を発揮し、
悪事を働いたりもしたし、それを制すべく対峙しもした。
良いにつけ悪いにつけ、大半は意に添わない力に振り回されていた
どう考えたって とんでもない世界だったが、
それがあってこその出会いも多々あったので。
現今の再会のそもそもとなっていたそれらへ、
詮無いこととはいえ懐かしいと偲ぶ者も絶えないのもまた現状ではある。




 『きゃっ。』
 『ヤダ何ッ。』

何てことない平日の、冬空の昼下がり。
フィギュアスケート界でなかなかに知名度の増した、
スタッフごと、微妙な奇縁も持ち合う間柄の某若手選手二人が、
彼らの片やの地元であるご当地にて選手権があったところから話が進み、
年末のエキシビションショーと、
その後に向かうこととなっている GP系の海外ツアーに向けての合同合宿を張ることとなった。
それぞれ運動神経もよく、まだ十代という柔軟性もあってか、
ぐんぐんと実力をつけてのあっという間に大きな大会の上位の常連と化し。
芥川の方は “スサノヲ”というダイナミックな構成のプログラムで今季も好成績を叩き出しており、
片やの敦嬢も、可憐な風貌に似合わぬ大胆さで
難易度の高いジャンプやコンビネーションを鮮やかに決めるところから、
老若男女、それは幅広いファン層からの注目を集めており。
季節もあってのこと、そこそこ有名人なれど、当人たちはけろりとしたもの。
日頃は特に付き人なんぞも伴わずに行動しており、
今日も、宿舎にしているリンク付きのクラブハウスのご近所に出ている路販車まで、
気に入りのクレープなぞ摘まみに降りて来たところ、知己である鏡花と遭遇。
何てことのない会話をしていたその傍らの街道を、
突然疾風のごとく駆けって行ったオートバイが数騎あり。
乱暴な破落戸まがいの改造車なのか、
器以上のけたたましい爆音を蹴立てて襲い来たものだから、
居合わせた女子中生らが悲鳴を上げ、
鏡花や芥川も迷惑な輩よと眉を寄せたが、それも束の間、

 『ふにゃぁあ。』
 『…敦。』
 『先程の爆音か?』

悲鳴というほどではないながら、されど堪えたからこそだろう
両手で耳を塞いでしゃがみ込んでしまった敦だったのへ二人がハッとする。
曾ての異能は宿ってはないはずだが、
それでもスポーツに親しむ中で研ぎ澄まされた感覚の良さが仇になったか、
勘のいい聴覚でなくとも鼓膜を叩かれて痛いほどの爆音だったため、
常人よりも強烈な刺激が襲ったらしい。
両手で左右それぞれの耳を塞ぎつつ、へたり込んでの頭を抱え込んでいる様子に、
これは尋常ではないと察した後の対処は素早く……。




     ◇◇


実体験ではない、だがあまりに生々しい前世の記憶を持つ彼らは、
厳密にいやぁそうではない “再会”を果たした相手が
同じような境遇の、しかもその“曾て”の生にて劇的なほどに深い間柄にあった存在ゆえか。
初対面であるはずなのに、前と同じな気性や価値観へ親しんだり安堵したりしながら、
まるでその続きであるかのような交流が続いており。

 「すまなかったね、驚かせてしまって。」

今現在の活躍ぶりへ寄って来たクチとは完全に一線を画した間柄、
むしろ、そういう順番なので気が付かなんだ部分もないではなく。
例えば、一見気難しそうなタイプに見えなくもないが、
その実、格闘畑に居たのが納得ゆくよな 大雑把なところも多々ある漆黒の貴公子様は、
身内として懐ろに入れた者へは情も厚くて気も回る。
曾ての最初に師弟関係にあった折、それは判りにくい育て方をした太宰より、
そりゃあ親身になってくれた中也からの影響を受けたのだろうと思われるが、
その辺り、敦は当時も後から聞いたクチだったし、
しかも壮絶なまでに恨まれ憎まれから接し始めただけに、
不器用な誰かさんが そおと庇ったりしてくれても、
何か裏があるのでは…なんて、当時の天然さんにしては珍しいほど一応警戒もしてはいたらしい。
そんな風に不器用同士であったがため、なかなか素直に“仲良し”にはなれなんだが、
顔を合わせるのが途轍もない修羅場ばかりだったせいか、
何も言わずとも覚悟や力量は信じていたり、
何の目配せも無くたって背中を踏んずけて飛び立ったり、
その身を楯代わりとし敵と相棒一緒くたに貫き通したり。
当然、事後は大げんかになっていたが、
( それを引き剥がすのは中也さんか国木田さんが担当 )
相手がそう来るだろうと見越して動いたりフォローに回ったり…が、自然な呼吸で出来ていた。
知らないことがあるのが不覚だと感じるような、そんな順番にさえなっていたと思う。

 なのでというのも妙な話だが、

今現在の敦嬢が大きな音に弱いだなんて、
曾てにもなかった弱点だっただけに ちょっと意外であたふたした芥川であり。
耳への刺激が頭痛を招いたか、目をつむってしゃがみ込む彼女を芥川が背負い、
案じた鏡花もついて来て、スタッフらへ状況を伝え、
これは大変と 手当てだ いやいや安静だとばかり、皆して右往左往し奔走したのがついさっき。
いかにも辛そうな状態へ慌てたものの、
不意な爆音に負けて引っ繰り返るというのは前々からたまに起きていた症状でもあったらしく、

 「鋭敏なのも善し悪しだよねぇ。」

今は鏡花と与謝野が付いている部屋から出てきた太宰が、
他には人の姿のないロビーで案じていた黒の青年へと声を掛ける。
異能を持たぬ身へ、いやさ虎の聴覚が備わっていた折もあんな反応は起きなかったため、
覚えもなくてさぞかし驚いただろうねと同情するよな苦笑を見せてから、

 「前にも話したが、敦くんは色素的な遺伝子が弱いらしくてね。」

この太宰もさほど長く傍づきだったわけではないが、
それでも中島家での敦の立場や育ちは把握しているそうで。
くどいほど挙げているが、
日本人にはあるまじき肌の白さに髪の色、そして瞳の淡さがそんな体質を物語っており、
例えていうなら 白い猫によく見られるという “ダイクロイックアイ”も
そんな遺伝子上の虚弱さから発現するものだそうで。

 *左右で色味が違う金眼銀眼のオッドアイと異なり、
  1つの眼の中に2色の色が存在する眼のこと。
  主に白毛の猫にまれに見られる虹彩異色。
  交配の失敗からそうなってしまう場合と、
  白猫遺伝子の働きでそうなる場合とがある。

それを加味され、虚弱児かも知れぬと案じられ、
心残りの無いようにと関心を持ったこと何でもさせてやろうという態勢が取られたものの、
どんどん健康にお転婆になってゆくにつれ、周囲は胸を撫で下ろし、
ではどこまでその奔放さで駆け上がれるかと、今度はそちらをワクワクと見守っていたらしかった。
なので、このように体調がらみで異常が起きると、
まさか例の不安材料が今更目覚めたのかと、皆して騒然となってしまうのも致し方ないのだとか。
自律神経やら何やらへ影響が出るかどうかはまだ不明だが、
この手の現象や症状は時々お目見えしていたそうで。
与謝野がその旨を皆へと告げたので、スタッフ一同の浮足立ちようも何とか収まったのだが、

「キミは羅生門を発動させたことはあるかい?」

太宰が不意にそんな事を訊く。
懐かしい異能の名を口にされ、厨二病ぽいフレーズへやや鼻白みつつ

「いえ。」

即答でかぶりを振ると、

「でも、一度くらいは試したことはあるのだろう?」

にやにやするでなし、だがやんわり微笑まれては、
名前が出て速攻で反応したのだ、ある意味で隠しようもなくて、

「…はい。」

渋々と応じる。
あの破壊力が要りようになったということではなく、
もしかして?というちょっとした思いつき、記憶が戻ったそのついでのような格好で、
念じてみたものの、当然のことながら何も起きはしなかった。
後にも先にもその一度だけと説けば、うんうんと噛みしめるように頷いて、

「私の場合は試しようもないからね。だが、起動したならその感覚は判るから、」

なので、少なくとも周囲に異能まで持ち合わす存在は現れちゃあいない
…と言うとそこは大きく矛盾しているかな?と、
自分も試したクチさと可笑しそうにくつくつと笑う。
曾てなんて言ってるものの、それってこの現在とは地続きではなさそうな世界らしくって、
そんなSFかファンタジーのような要素などどこにもない現状こそが現実なのであり。

「ま、そういう訳だからというのはそれもまた妙な言いようだが、
 敦くんのは単なる感覚の良さだ。」

遺伝子虚弱から発した鋭敏さとでもいうものか、
シナスタジア、共感覚と呼ばれているものに近いのかもしれない。
新たな単語を繰り出され、今度は本当に判らず瞬きを二つほど。

「共感覚?」

「絶対音感とかいうものを聞いたことはないかい?
 音階を間違いなく聞き分けられる人。
 あの鳥の声はD、あの始業ベルの音はFと、きっちり音階まで判る人がいるって。」

そうと紐解かれると、ああと覚えもなくはない。

「あ、はい。ですが、小説か何かで読んだだけですが。」

そういうお人もまた身近に居た試しもないし、
実際、あまり現実味がなくてよくは知らないという顔で応じれば、
さもありなんとやんわり笑った元師匠であり。

「そういう人の中には、音に色がついて“見える”人もいるらしくてね。」

音も聞こえて尚且つ、雨音は青とか 木の葉擦れは緑とかって“色”となっても見えるそうだ。
漫画の擬音効果みたいなものが いつも視野にあるようなものかなぁ。
人は視覚情報を最優先しているから、相当な情報を“見て”いることになる。
まま、我々だとて聞こえたものを端から端まで把握しちゃあいない。
カクテルシャワー効果といって、大事な会話以外はただのざわめき扱いして
聞こえるものを片っ端から意識してはないように、
彼らも必要な情報以外は重要視しないよう制御できているのだろうが、

「どんな世界が見えているものか想像もつかないけれど、
 我々とは異なった世界を“視て”いるのだろうね。」

自分たちとは異なる“感応”で見る世界。
あまり想像力が豊かではない自分には言われるまで考えてみたこともない代物だ。
そうなんですかと、やや他所ごとみたいな相槌を打つ青年へ、

「敦くんのはそこまでの代物ではないようだが、それでも時々すこぶる鋭敏になるようなので、
 あの『月下獣』という異能は、そのくらいいやそれ以上に並外れた代物だったのかも知れないね。」

若しくは、曾ての“彼”が負っていたという、異能より次元が上といわれていた力、
書いたことが実現するという“白い本”への導べという宿命こそが、
身体の再生だとか 他の異能を切り裂く無効化まで兼ね備えていたほどもの
あのような特殊異能を彼へと授けていたのかも知れないが。

 「今の敦くんを見ていると、時々当時の“彼”がそのまんま重なってしまうことがある。」

動体視力も良いし、音にも敏感で、
感性豊かなのか過敏なせいか、
勘がいいというのもそういう素質のせいかもしれない。

 “過敏が過ぎてあのように引っ繰り返ってしまうだなんて。”

屈託なく笑ったり怒ったりむくれたり。それは無邪気な少女だが、案外と負うものは大きくて、
何だか…かつての中島少年と同じほど難儀な宿命を負っていることになるのかも知れないなと、
そんな風に偲んでしまうことがたまにあると太宰は言い、

 「異能はこの世界にはあり得ない特性だが、
  たまにいわゆる“超能力”なんてものが話題に上がったりするとね。
  もしかしてあれさえ持ったままな存在も転生しているのじゃあないかなんて
  物騒なこと、思ってしまうのだよ。」

 「太宰さん?」

馬鹿なことを言ってるよね。
でも、曾てのあの、物騒で残忍で絶望がそこここに転がっていたとんでもない世界が、
そうまで非情で冷たい場所だったにもかかわらず、

 こうも懐かしいのだから、と

 「調子の良いことだよね。」

何処か寂しげに笑った太宰の表情や声へ、
意表を突かれたかのようにハッとし、ああ自分もそうだと気づいて口許を柔く噛みしめる。
記憶が鮮明になると同時、自分は何が何でもあの白虎の少年に再会したかった。
なのでそこまでの深慮はしなかったけれど、

 『なんて言うのか、少しもどかしい。』

鏡花経由で聞いてはいる。
敦はまだすっかりと思い出しているわけではないようで。
それを言えば自分だってあちこち抜け落ちているものは多々あるが、
それでも…敦が気に病まぬようにと、
思い出したものへ混乱せぬよう、傍らにいてやりたいと思う由が一つあり。
それをどうしても償いたいがため、躍起になって探し回ったのであり。

 “思い出さねば重畳、だが…。”

そんな自分にだけ都合のいい物を望むのは順番がおかしい。
彼の悲壮な貌を記憶から消せないのは自業自得で、
詫びとか償いとかいう言い方も欺瞞だと判っている。
初心を後から顧みて、自己満足だと重々判ってもいる今の自分は、
やっと見つけた、当時以上に儚げな存在となった敦を前に、
更なる覚悟をし、その傍らにいるわけで。

 「?」
 「どうかしたのかい?」

太宰の声がして我に返ったように顔を上げたお嬢さん。
敦を寝かせている医療室から出てきた鏡花が少々怪訝そうな顔をして立っている。
自分のバッグも抱えて来た鏡花だったが、
学生鞄と一緒に持っていたレッスンバッグに異変を感じたらしく。

 「覚えのないものが。」

一体いつ誰が放り込んだやら、
印鑑かリップクリームくらいしか入らなかろう、
上履き入れのミニチュアみたいなサイズの、
ファスナー式のミニポーチが
バッグの中に入っていたらしいと差し出したのだった。




      to be continued.(18.12.14.〜)


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 *転生者って、でも、かつての記憶をどう思い出すのかなぁ。
  ハッと我に返って、此処はどこ、私は誰?
  何でこんなところに居るの?私死んだ筈じゃあ…ってなるのか、 
  それとも
  何て特異なことも起きぬ日々の中、
  妙に覚えてることがあって、初めて会った人に見覚えがあって。
  そうそうこういう知り合い方をしてと、時間枠に矛盾ありありの思い出し方を幾つもするものか。
  異能力もついて来てれば前者もアリだけど、ついて来てない場合はちょっときついかも知れない。
  これに関してを今回ちょっと考えてみて、ああだから“逆行”というジャンルがあるのかと。
  あれってすごい発明だよなぁなんて、今更に感心しておりますよ。
  
  これも一種の“メタ発言”でしょうか、すみません。